東京高等裁判所 昭和47年(ネ)490号 判決
右認定の事実によれば、孟及び逸樹が上記のような傷害を受けたことによって、孟の妻であり、逸樹の母である被控訴人が精神上打撃を受け、多大の苦痛を被ったことは容易に推測し得るところである。ところで、交通事故によって傷害を受けた被害者の近親者が右被害者の受傷によって受けた精神上の苦痛につき加害者に対し慰藉料請求権を取得するかどうかについては、当裁判所は、以下述べる理由により、これを否定すべきものと思料するものである。
まず、不法行為によって人の生命が害された場合には、被害者の近親者が慰藉料請求権を取得すべきことは民法第七一一条の規定により明かであるところ、右規定の反面の解釈からも、また、同法第七一〇条が「他人ノ身体ヲ害シタル場合」を掲げながら、他人の生命を害した場合を挙げていないことにかんがみても、死亡に至らない傷害の程度に止る被害の場合には、被害者の近親者は慰藉料請求権を取得することはないとの見解の成立する余地がある。しかしながら、他方、交通事故によって被害者死亡の結果が生じた場合には、被害者の近親者が慰藉料請求権を取得すると同時に、被害者自身についても慰藉料請求権が発生し、この慰藉料請求権の発生の原因となった同一の死亡によって開始した相続によって、被害者の相続人が右慰藉料請求権を承継取得するとの見解が、これまで大多数の先例によって採られてきた。この見解には、死亡者が権利を取得するという不合理があり、また、被害者の被った苦痛が相続人によって承継されるということがないのにかかわらず、慰藉料請求権のみが相続されるということも理解し難いところであって(蓋し、精神上の苦痛なるものは、その苦痛を被った当の本人に対して慰藉料請求権が与えられ、これが実現されることによって、はじめて慰藉、即ち精神上の損害の賠償がなされたことになるものと考えるべきである)、右見解の当否については疑問があり、再考の余地がないわけではないが(例えば、被害者に相続人がない場合には、被害者について発生した慰藉料債権は終局的には国庫に帰属するという些か奇異な結果を生ずるであろう。)、いま仮に右見解を是認すべきものとするならば、ひとり被害者死亡の場合に限って被害者とその近親者の双方について夫々慰藉料請求権が発生し、被害者が傷害を受けたに止る場合には慰藉料請求権は被害者のみについて発生するとし、或は、この場合に、被害者の近親者についても慰藉料請求権が発生するのは、近親者が被害者の生命が害された場合に比肩するか、又はこの場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたときに限るとして、被害者死亡の場合と負傷の場合とに区別を設けることは合理的根拠を欠くものというべきであろう。殊に、近親者が被害者の生命が害された場合に比肩するか、又はこの場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたかどうかというが如きは、被害者の近親者の事故による精神的打撃の軽重を表現するに比喩としてはこれを理解し得るとしても、親者の慰藉料近請求権発生の要件たる法律上の基準を定めるものとしては明確を欠く嫌いがないわけではないのであって、個々具体の事件における右基準の適用が恣意によって左右されるという危険を伴うことは、避け難いところといわなければならない。
もともと、慰藉料なるものは、精神上の損害の填補を目的とするものである。この損害が数字による計量が不可能であることを理由として、慰藉料請求権なるものを否定することは、法律がその実現を目的としている正義の観念から許されないところであって、慰藉料請求権が肯定せらるべきことは正義の要請というべきである。しかしながら、慰藉料は、それが計量不可能な精神上の損害に対するものであることのために、その請求権の有無及びその額の決定にあたっては、感情の要素によって左右される危険が少くなく、慰藉料の請求者は、ややともすれば、これによって加害者に対する自己の復讐感情や憎悪感の満足を得ようとし、また、慰藉料の支払を命ずる者の側においても、被害者に対する共感から、安易な正義感情に支配されるという恐れなしとしないのである。慰藉料も、その実質は損害の賠償なのであって、加害者に対する制裁ないし刑罰ではなく(なお、刑罰についてはその上限が明確に法定されているのに反し、慰藉料については法律には上限の定がないことに留意すべきである。)、被害者が他人の不法行為によって被った精神上の損害の填補を目的とするものである以上、慰藉料にも法律上相当の限度があるべきことは、法律がその実現を図ろうとする他の一方の目的、即ち衡平の観念の要求するところである。もとより慰藉料の数額は、個々具体の事件における諸般の事情を総合して決定せらるべきであって、一定の基準を立てることはできないけれども、慰藉料の請求権者の範囲については、正義と衡平の見地から、これに一定の限界を画することは必ずしも不可能ではないのである。被害者死亡の場合については、本件とは直接の関係がないので、ここで当裁判所の見解を述べることは差し控えるが、少くとも被害者が傷害を受けたに止る場合には、慰藉料の請求権者はたゞひとり当の被害者だけに限られるべきものと解するのを相当とする。たとえ被害者の近親者が被害者の受傷によって、被害者の生命が害された場合に比肩するか、又はこの場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたと言い得るような場合であっても、当の被害者が財産上の損害の外に、よって被った精神上の苦痛についてこれを慰藉するに足りる賠償を得るならば、被害者の受傷により被った近親者の精神上の打撃、苦痛もまた同時に右賠償によって治癒されたものと考えるべきであって、このことは、民法第七一〇条及び第七一一条の規定の文理からも窺うことができると解されるのである。
(平賀 石田実 安達)